top of page

始めと終わりの断想 — 辻山幸宣さんを追悼する

  • 執筆者の写真: Makoto Numata
    Makoto Numata
  • 2022年9月25日
  • 読了時間: 2分

 最初の出会いは30年以上も前になる。当時のわたしの職場だった国立国会図書館でのことだ。ある朝、二日酔い気味で調査局に出勤したところ、すでにわたしの執務机の横に立って辻山さんが待っておられた。「はじめまして。地方自治総合研究所の辻山幸宣です」と、大学院の後輩のわたしに丁寧に挨拶され、研究会への参加を依頼してくれた。今から思うと、『行政の理法』の書評を読まれた今村都南雄先生が、筆者のわたしを指名してくださったのだったろう。その後は浅草での夜明けの焼き肉という恒例の洗礼も受けた。

 そして2016年に、わたしが指導した安藤愛の修士論文『自治基本条例の現段階と可能性』を添削してくれた。この論文には辻山説と相容れない趣旨も交じっていたが、彼は機関誌『自治総研』への掲載をすぐに快諾し、依頼に直してくれた。心持ちの広さと真摯な研究姿勢にあらためて頭が下がった。当該論文は奨学金返還について全額免除の決定打になった。この年の日本学生支援機構の奨学金の返還では、修士の全額免除は一人だけだった。これは辻山さんの隠れた「業績」のひとつである。

 翌年、東京で開かれた沖縄問題シンポジウムの会場で、かれは修論への口出しを繰り返してわたしに謝っていた。しかし東洋大学大学院でわたしは、カビのはえた田舎教師たちの執拗な嫌がらせにあっていたので、修論に対する辻山さんの専門家としての指摘にひたすら感謝しかなかった。彼の視座は郷里の新十津川を土台にしたものだった。

 2018年には『とちぎ地方自治と住民』に連載する今村先生へのロングインタビューのために、自治総研の理事長室を使わせてくださった。そのとき初対面の安藤にいきなり、武蔵野市の自治基本条例に関する自分用の最新研究資料を手渡しで託された。あの修論と安藤にたいしてこれほど強い思い入れがあったのかと、そばにいた今村先生もわたしも驚いた。のちに安藤はその資料をもとに論文を仕上げて同誌に発表した。ともに森下茂さんが編集だったからできた。

 さらにそのときの打ち上げに、今村・辻山・安藤・沼田の4人で市ヶ谷のレストランに行った。今村先生は所用で中座された。辻山さんはハイボールを舐めながらわたしたち師弟にむかって、ご自分の詳細な一代記を1時間以上かけて語ってくれた。わたしは彼の遺言と受け止めた。しみじみと心身に浸透していくいい話で今でも心に残っている。握手して別れたのが最期になった。

 辻山さん、長い間仲良くしてくれてありがとうございました。

 安らかにお眠りください。また向こうで会いましょうね。



 
 
 

最新記事

すべて表示
入札談合と公契約条例I ー 新たな改革戦略を探る

ひところ頻繁に東京2020オリンピック・パラリンピック大会(以下「東京五輪」)の不祥事が報じられた。この大会は最も汚れた恥ずべき頽廃イベントとして歴史に残るだろう。「フェアな」スポーツの祭典などという美辞麗句の背後で、あいも変わらぬ不浄な贈収賄と談合が横行していたからだ。電...

 
 
 
始動した宇都宮LRTの課題(3)——ナショナルミニマムの限定提供

ところで青森では拡大した都市空間を3区分する計画を策定した。市域を「インナー」、「ミッド」、「アウター」の3つに分けて、機能別に目的を設定するという。コンパクトシティは一面で、最少コストで最大サービスを提供することを空間化した市街地モデルなのだろう。したがって「ナショナルミ...

 
 
 
始動した宇都宮LRTの課題(2) ——コンパクトシティの暗雲

実はコンパクトシティ(集約型都市)には、目的を異にする2つの種類がある。目的のひとつは人口が増大する都市の成長を管理するためであり、他のひとつは人口が減少する都市の存続を図るためである。スプロールの抑制策と、スプロールを既定の環境とする計画ともいえる。つまりコンパクトシティ...

 
 
 

コメント


bottom of page